半身不随になる大事故から復活した和佐大輔さん

和佐大輔さんは13歳の時に家族と海で遊んでいて、誤ってテトラポットから飛び込んで首の骨を折るという重傷を負ってしまいます。

頸椎損傷で身体の7割が麻痺して半身不随となってしまいましたが、そこから信じられないほどの精神的回復を見せ、ネットビジネスによって億単位を稼ぐまでの成功者になります。

和佐大輔の会社情報は?

彼は現在、株式会社ICCの取締役です。18歳の時に会社を設立し、その後5年間で数々の斬新な企画を公開し続けてきました。彼のコンサルティング事業では、延べ2000人以上の人達と実際に会い、300人以上の会員を指導してきました。

その人達は多種多様の人達であり、それぞれ成功へと導いてきました。和佐さんの会社で特徴的なのは、どんな職業の方にも対応できるコンサルティングだといえます。どのビジネスについても、その仕組みを十分理解しているからこそ可能だといえます。

和佐大輔はどんな人?

もし10代で1億を稼いだ男がいると聞いたら、どんな人だろう?って思うでしょう。きっとまともな仕事じゃないだろうとか、その若さでどんな仕事をしたらそんなに稼げるんだ?って思うのではないでしょうか。

しかし和佐大輔さんはあらゆる仕事のコンサルティングをするちゃんとした会社の代表取締役です。そして彼には思いもよらない過去がありました。

彼は13歳の時に海での事故で首の骨を骨折しています。沖に設置されていたテトラポットから飛び込み頸椎損傷という障害を背負ってしまい、そこから半身不随の車いす生活となってしまいます。

彼は16歳の時に高校を中退し17歳でインターネットビジネスとの出会いから起業するのですが、18歳で会社を設立し、そこからわずか1年で年商1億円を達成しています。

18歳で会社を設立してから5年間、多くの斬新な企画によってインターネット業界に新風を吹き込んできました。

彼は身体の7割が麻痺していて、手も不自由なためパソコンは割りばしを口にくわえて操作しているということです。タイピングのスピードは健常者と変わらないというから驚異的です。また彼の人生の大事なことはほとんどマンガで学んだというほどマンガが好きだといいます。

ですから小説やビジネス書などはほとんど読まず、ビジネスもマンガで学んだといいます。彼の肩書には「脳みそさえ無事ならどんな状態からでも成功できることを証明した男」とあります。

この証明は彼のビジネスのコンサルティングによって成功した人だけでなく、多くの障害者にとっても希望と自信を持たせてくれるものではないでしょうか。

彼は「邪!男塾」という塾を開催していました。この塾では鉄の掟と称した男としての掟もあったそうです。

ちょっと時代にそぐわない印象もありますが、そうした男くさい面を彼は持っているのかもしれません。この塾は和佐さんの考え方に賛同する人のための塾であり、そしてこの塾に参加した人がどんなふうに成功したかといったネット情報は届いていないようです。

和佐大輔の人間関係

和佐大輔さんといえば、以前原田翔太さんと組んで仕事をしたことがあります。それは「創造的破壊プロジェクト」でした。

原田さん自身が兄弟のように思っている和佐さんに対する印象はどうなのでしょうか?原田さんが和佐さんのことを知ったのは2005年の彼のデビュー作である「トップを狙え!~高校中退・18歳の私がニートを脱出して稼げるアフェリエイターになった非常識な手法!!」を出した時のようです。

その「トップを狙え・・・」をさっそく読んでみたそうですが、生意気な印象で文章も共感できるものではなかったそうです。

その時まだ原田さんは20歳の学生でその前年に情報販売を始めていたのですが「自分が最年少のネット起業家だ」という自負をもっていたそうです。そこへ自分よりも若い和佐さんの存在を知って、変な仲間意識を感じたといいます。

その後の2006年3月に渋谷でのセミナーで顔を合わせる機会があったのですが、そのセミナーで講師を務めていた人の中に和佐さんがいました。そこで初めて彼が車椅子生活をしていることを知ったそうです。

自分よりも若い和佐さんがどんなレベルなのか興味があったそうです。人生初のセミナーだという割にはあっけらかんとして緊張していない感じで淡々としゃべる姿にやはり「生意気なやつ」と思ったそうです。

同時にしゃべり方も生意気で何かを熱く伝えるといった印象がなく、人間臭くない無機質な印象を持ったといいます。そう思った原田さんは懇親会でも和佐さんに話しかけることはしなかったそうです。

しかしパートナーを組むようになって和佐さんの事が分かるようになると、そのあっけらかんとした印象の理由が分かったそうです。

彼には「とらわれていない」と感じるあるがままの感覚を身につけていると感じたそうです。そうやって和佐大輔という人物を原田さんは理解していったようです。

そうやって2人で「創造的破壊プロジェクト」を作成したのですが、そのきっかけは
和佐さんの「業界を内側から変えよう」という気持ちと原田さんの「業界の外から圧力をかけよう」とう気持ちが結局何か一緒に作ろうということになったそうです。

和佐さんのブログ、「DAISUKE WASA」では「すべては絶望から始まる」のサブタイトルになっていますが、彼の人生はまさに絶望から始まったのでしょう。しかしそのブログからはそんな弱気な彼を微塵も見せていません。

人との関わりを重視した内容であり、ビジネスチャンスをどう掴むかといった内容で、かなり豊富な内容となっています。ブログに中には彼と共に仕事をしている人達のコメントも、興味ある内容として掲載されています。

その中のひとりに、XYZの代表取締役でもある三浦洋之さんの話は興味深く、彼と初めて会った時の話しがあります。その時の三浦さんの和佐さんに対する印象はあまりよくなかったようです。

彼の印象では佐和さんはゴミ屑でもみるような眼で見られて「話しづらい!」と思ったそうです。しかし彼との付き合いが深くなるほど、彼の言葉の意味や彼の思いがわかってきて今ではよきビジネスパートナーとなっています。

そして現在の和佐大輔さんのfacebookの作成をしているのがこの三浦さんです。

まとめ

和佐大輔さんは1988年2月24日生れで高知県中土佐町の出身です。

不幸にも13歳の時にアクシデントにより首の骨を骨折し、頸椎損傷という障害を背負ってしまいました。そこから半身不随の車いす生活となるのですが、その事故から4年後の17歳の時に高校を中退して自ら起業します。

そこからわずか1年で年商1億円を達成してしまいました。しかしそれまでの4年間という期間は佐和さんの中で普通の人には想像できない苦悩があり、チャレンジがあり、色々な感情があったはずです。そしてその事故があったからこそ掴んだ、彼自身にしか味わえない自信があるのかもしれません。

彼は事故の後、半身不随になってからは外出することも難しいことから、親から買ってもらったパソコンでインターネットをするようになります。そこでヤフオクなどのインターネットビジネスと出会い、情報がお金になるということを知ります。

肉体的な労働ができない彼は、情報を売る事でビジネスになることを知る事で、閉ざされそうになった人生に光を与えることができたのではないでしょうか。

そこから徐々に彼の斬新な企画を生み出していくのですが、その中に「ブログ解体新書」があります。この商材は当時の情報販売業で詐欺めいた情報が多いことに疑問を持ち、価値のある情報を提供して業界を変えてやろうという思いがきっかけでした。

彼はこの「ブログ解体新書」によってネットビジネス業界でその名を広めることとなりました。

「ブログ解体新書」

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